一分で分かるアーティスト、今回は「ルノワール-伝統と革新展」も好評なピエール・オーギュスト=ルノワールの特集です。
“絵と言うのは
ぼくにとって、愛すべきもの
愉しくて美しいものでなければならないんだよ”
(ルノワール)
1分でわかるルノワール
今回は「喜びを描いた画家」と呼ばれるルノワールです。
印象派の画家の中でも、日本で特に人気の高いルノワール。印象派絵画の大きな特徴は、光の動き、変化の質感をいかに絵画で表現するかに重きを置いていることです。
その親しみやすく、穏やかで色彩も美しいルノワールの作品を見て嫌な気分になる人は少ないと思います。
事実、ルノワール自身いつも「描く喜び」を持ち、明るく柔らかい色彩でふくよかな裸の女性や少女の絵を多く手掛けました。晩年はリュウマチのため筆を持てず、手に布を巻いて筆をくくりつけて描いていたともいわれます。
略年譜
1841年 2月25日、リモージュに仕立て職人の息子として生まれる。
1844年 一家でパリに引越す。
1854年 13歳で陶器の絵付け師の見習いになる。
1861年 シャルル・グレールの画塾に通い始める。
1862年 国立美術学校に入学。グレール画塾の同窓たちとフォンテーヌブローの森で制作。
1864年 《ラ・エスメラルダ》がサロン(官設展)に初入選。
1866年 サロンにスケッチのみ入選したが、出品しなかった。貧窮し、バジールの部屋に居候する。
1868年 《日傘のリーズ》がサロンに入選、初めて多くの好意的な批評を受ける。
この頃、マネや後の印象派の仲間と交流。
1869年 ブージヴァルの近くに住むモネを度々訪問、セーヌ河畔を二人で制作。
1870年 普仏戦争のため徴兵される。翌年、重症の赤痢にかかるが快復。
1872年 サロンに落選。恋人であったリーズ・トレオが建築家と結婚。
1874年 「画家、彫刻家、版画家などによる共同出資会社第1回展」(第1回印象派展)に参加、
7点を出品。
1875年 モネ、シスレー、ベルト・モリゾを説得して、オテル・ドゥルオで競売会を開くが成功せず。
コレクターのシャルパンティエ、ショケと出会う。
1878年 第4回印象派展に参加せず、サロンに出品する。
1879年 《シャルパンティエ夫人と子供たち》がサロンで高い評価を得る。
銀行家で外交官ベラールのヴァルジュモンの別荘に初めて滞在し、室内の装飾画を制作。
1881年 春にアルジェリア、秋からイタリアに旅行。ラファエロ、ポンペイの壁画に感動する。
1882年 パリへの帰途、南仏レスタックのセザンヌを訪問。3月、アルジェリアを再訪。
1883年 デュラン=リュエル画廊で、初めての個展(作品70点)。
1885年 長男ピエールがパリで誕生。
1892年 フランス政府が《ピアノを弾く少女たち》を購入。
デュラン=リュエル画廊でルノワール展(作品110点)。
1894年 次男ジャン(後の映画監督)がパリで誕生。
ガブリエルがお手伝いとしてルノワール家に来る。リューマチが再発。
1895年 妻の生地、エッソワに家を購入するため訪問。
1900年 パリ万国博覧会に作品11点が展示される。レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章を受ける。
1901年 三男クロードがエッソワで生まれる。
1907年 リューマチの病状悪化。南仏カーニュに土地を買い、家を建てる。
1910年 ミュンヘンに最後の大旅行、帰りに歩行が困難になる。以後、車椅子の生活を余儀なくされる。
1915年 第一次大戦で足に重症を負った息子ジャンを見舞った帰り、
妻アリーヌがニースで56歳の生涯を閉じる。
1919 年 12月3日、カーニュで78歳の生涯を閉じる。
ルノワールをめぐる人々
肖像画家として、ルノワールには多くの人々との出会いがありました。
そのなかには、印象派の仲間をはじめ、文学者、批評家、女優、パトロン、画商たちがいます。

展覧会チケットプレゼント!
現在、国立新美術館で行われているルノワール-伝統と革新」展に10組20名様をご招待します。詳しくは、以下のページよりご確認ください。
展覧会情報:ルノワール展(チケットプレゼント:2/28まで)
写真左:《アンリオ夫人》
Gift of the Adele R. Levy Fund, Inc., ©The Board of Trustees, National Gallery of Art, Washington
ワシントン・ナショナル・ギャラリー、1876年頃、油彩・カンヴァス、65.9×49.8cm
写真右:《団扇を持つ若い》
©Sterling and Francine Clark Art Institute, Williamstown, Massachusetts, USA
クラーク美術館、1879-80年頃、油彩・カンヴァス、65.0×54.0cm
ピエール=オーギュスト・ルノワール Pierre-Auguste Renoir
印象派の巨匠、ピエール=オーギュスト・ルノワールは1841年、フランス中西部の磁器産業で栄えた街、リモージュに仕立て職人の子として生まれました。パリで陶器の絵付け見習いなどを経て、20歳の年に画家グレールのアトリエに入り、バジールや後の印象派の画家たち、モネ、シスレーらと出会います。1874年の第1回印象派展に《棧敷席》などを出品、3回展まで積極的に参加しますが、1878年からサロン(官設展)に出品しました。そして翌年のサロンでは成功を収め、肖像画家として認められます。その後、1880年代初頭のイタリア旅行を経て、印象派の手法に疑問を深め、明確な輪郭線と寒色を採り入れた絵画を制作。この模索の時期を脱した90年代以降は、豊かな色彩と量感のある裸婦像などを描きました。晩年の20年余は慢性関節リューマチに苦しみましたが、麻痺した手に絵筆をくくりつけて、1919年にカーニュで78歳の生涯を閉じるまで、休むことなく制作を続けました。
“絵と言うのは
ぼくにとって、愛すべきもの
愉しくて美しいものでなければならないんだよ”
(ルノワール)
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一分で分かるアーティスト、今回は「ルノワール-伝統と革新展」も好評なピエール・オーギュスト=ルノワールの特集です。
“絵と言うのは
ぼくにとって、愛すべきもの
愉しくて美しいものでなければならないんだよ”
(ルノワール)...
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明治以降、日本人で初めて海外で成功した画家
2009-08-31 12:35:27
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スペインの港町マラガに生まれ、「自由で子供らしい」作品を生み出し続けた巨匠パブロ・ピカソ。
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